Aging of Japan to bring agricultural policy change? I’m unconvinced.

December 6th, 2006

The formation of free trade agreements and other international trade efforts are often hampered by points on agricultural policy. Some policy makers remark that the aging of Japan’s population and a related decline of agricutural workers will naturallly pressure changes in agricultural policy—perhaps facilitating trade negotiating. I am not convinced.


The argument is that the decline of workers both practically capable of agricultural labors and able to exercise politicial power will change the debate.


It is true that agricultual workers are rapidly declining. Most japanese can describe a case of a family farm closing solewhere in japan because no sibling cousiin or aynone else is left to farm. Young people who perform their ethical “oya kouko” obligation to their family often find it difficult to even make a family for lack of a spouse.


However this decline in the number of farmers has not been sudden. It does not follow that low numbers of farmers has impacted the ability to farm productively. Prohibitions on non-natural persons (companies) ownership of farms has been one barrier to more effiicient economic farming that comes to mind. However there has been a relaxation of these prohibitions and serious efforts to remove them altogether. There is also Japan’s stuborn refusal to seriously address connections between liberalization of immigration policies and possibility of achieving agricultual policy goals. Thus decline of farmers in Japan does not mean a change of policy is going to happy.


The other prong of the argument about declining farm family numbers relates to political power. Japanese farmers in regional areas exercise significant power by virtue of how diet members are elected. (Diet members are the national legislative representatives to the parliment.) However to effect how rural votes weigh in national elections, you have to have redistricting, and lower numbers may not naturally bring about redistricting. Declining numbers of farmers has happened gradually, and Japan has had many opportunities to resolve electorial districting concerns.


There is something else important to consider when looking at Japan’s agricultural industry. Today the decline measures and shows the total number of people working in the agriculture sector, but of the total only a small portion are actually farmers. The number of people raising the agriculatural bloody shirt in policy debates, naturally may not be granpa and granma whossit living in the hinterland. Like any market sector, interested parties can always hold out a sympathetic mascot to achieve political goals—even if they share little practically with their daily experience.


How can Japan or other countries balance the many complex and important (remember this author grew up in a small Kansas farm town) agriculture concerns with the compelling benefits of free trade? Greater liberalization is key but how to implement liberalization is naturally a throny issue.


Japan could deeply enrich its economy and move closer to finding their answer to resolving agricultrual reform by divesting the central government of regulatory power and strengthening their regional governments. In fact a model very much like the U.S. federalist model has been proposed in a bill in the last diet and past last month. This “doushusei” reform bill could be an important step in achieving better food. better farming, and better government in Japan. This observer intends to follow the reform closely.

Dissatisfied with PHP live editing available..

December 1st, 2006

I didn’t think it was going to be difficult. I haven’t been actively doing any content oriented web development since entering the practice of law (go figure) but I had assumed that the usablility of online web page markup had improved. There are some very well supported packages like php-nuke and others. I was looking for a package I could edit pages using database backed tags and upload multimedia or non-HTML word docs or powerpoints via adding a link to a page. For example, trying to manage my presentation and writing from my fellowship is turning into a disaster. There is the problem that I have files scattered all over my laptop’s harddrive with different revisions that I can’t track revisions for, but not solved without document managment packages. At a more basic level though the editing process seems to clunky for me. Mambo looked promising but its theme editing and multimedia file managment was too much of a headache. At this point I am just hand editing files and uploading them. I would use WordPress, which I’m using for this blog, but the WYSIWYG HTML editing plugin I tried isn’t working and it’s not really heirarchial enough. Anyway.. off to bed..

松葉杖の生活で覚えた、東京の異文化

December 1st, 2006

新聞などに投稿してみたいと思っていたエッセイだったが、帰国する前の準備などでばたばたしてしまって、、—近頃、思わぬハプニングがあって、しばらくの間、足が不自由になる生活を送ることになった。高校時代から20年にわたってきてボード系のスポーツや武道をやってきて、とうとう足を骨折してしまった。毎日の生活を通じて、東京駅には階段が多いことや、ホームとホームの間の乗換を考えながら生活する意識から、東京はまさにバリアーフリーになっているかを、身近な生活で考える機会となった。

去年から、私は、日本の中央政府の行政庁、裁判所、国会で研修しており、たまたま足を骨折した次の日から、東京高等裁判所での研修が始まる予定であった。その日の朝のこと、東京駅で山手線から降りて、ホームの逆方面までいかないとエスカレータがなく、通常の出勤の流れより余計10分をかけて、丸の内線の改札を通って出勤の終点駅へ向かった。霞ヶ関駅のホームで降りて、改札口までエレベーターで上がって、裁判所へたち向かおうとしたところ、日本の”バリアーフリー”の現状は、まだまだ厳しいものだと、日本の司法の中核のところでわかった。使えるエレベーター、エスケレータもなく、ギプスで固定した足の松葉杖で階段を上がるほかないことがわかった。普通、蔵売僧の方はどうしているかと駅の方に尋ねたところ、予め連絡をしておく方は駅の従業員が運んで行っているそうです。それは出るときのことで良いとしても、出先で連絡が出来なくて戻ってきた場合はどうなるかと訊いたところ、斡旋とした表情。病院で外科医院の先生に言われたことを突然思い出した。私が電車や公共交通手段について質問したところ、タクシに乗った方が良いと、質問に答えないで話してくれた。

しかし、2ヶ月以上に亘る松葉杖の生活を終えたところ、東京の施設はいろいろと足が不自由な方に対して厳しいと実感しているが、東京に住む”東京の人”のマナー、言って見れば文化の方が気になる点が多い。

初めて松葉杖で出勤した朝、駅に向かって歩道の左の端っこを歩いていると、反対方面から歩いている人は、あらとあらゆるところから歩いてきてぶつかってきていると、なにかルールを間違えて歩いているかと気になった。しかし、去年から歩いていた歩道にてのルールが変わったということがなく、如何にもルールを守っていない人が多いことに気づいただけのことだった。

私が左通行の歩道で歩いていても、時間帯などによって歩く人が多い方が歩道の”車線”を多く使ってもいいという暗黙の了解があっても人の迷惑になっているはずはないと自分の頭の中で再確認して停まった。しかし、左手に面している壁に沿って左側の「一車線」で一所懸命とぼとぼと歩いている松葉杖の人でさえ、平気でぶつかってくる人がいることがわかった。

群れで歩道を歩く人を抜けて、やっと駅に入ってほっとしていると、今度、電車に乗ろうとすると、先に並んでいても横から人がはいることもあった。しかし、それよりきになることは東京の電車に乗ってからの文化。

3ヶ月近く松葉杖の生活をして毎日2回電車にのって、毎月20回くらい通勤するということを計算すると120回くらい松葉杖に頼りながら電車に乗ったことがある。その中、席を譲ってくれた人、たった5人しかいなかった。毎回、車両の優先席のある場所を探して、電車にのってから慌てて電車が動き出す前まで席の近くまで行っても、ブロンドぱつに染めたお姉さんでもスーツ姿の若いお兄さんの前に立って、”席を譲っていただけませんでしょうか”と訊いた。

聞かなくても180なんセンチもある外人が松葉杖で入ってきて、座りたいだろうと思わないのか、いえ、思いやらないのかと思う。この紋は目に張らぬのか。優先席を電車で設けるとのはなしが最初出てきたときに、多くの人が反対したと聞いている。電車の全席は思いやりで優先する席ではないかとの説得力がある議論があったそうだ。どうやら、全席のどころか、今の東京の電車には優先してくれる席がそもそもないと経験している。

東京は日本の代表に掲げられているが、これは私が習った思いやりの日本ではない。今でも地方へ行くと、若い人は言われる前から席をまずたって譲ろうとすることが礼儀だ。相手がどうですかと言わせるところまでのことでさえ、失礼かと思われる場合もある。電車が動き出して倒れそうになっている人に対して、「座りますか」と聞いても、もういいでしょうと思われることは当然あるかも知れない。

若い人が座っていいもか。中年の疲れた人が座ってもいいか。妊婦、足が悪い人、年配の人だけが座ればいいということではない。電車に乗ったら、自分の世界に入って、人を見ぬふりで無視するようなルールではない。自分の見回りの人を思いやりながら生活することを訴えたい。

今回はこの足の骨折で思ったことにかぎるわけではなく、東京、とりわけ電車を乗る生活は、地方と違うと感じるところが前から多かった。電車を乗りながら「お天気がいいですね」、「すてきな帽子ですね」、「今日すいていますね」
などの簡単な挨拶でさえ交わしたか。今、挨拶を電車に乗っている隣の人とするとキチガイか。私はそう思わない。しかし、あんまりに近いところで存在が遠くになってしまった東京の生活を考えた方が良いか思う。私が米国の田舎で生まれながらこの日本で暮らしてきた一年を考えるとたくさん良いことがあった。しかし、選択があれば、日本の”田舎”と言われる違う都市で過ごしたかもしれない。それは、いろいろあるが、すくなくても東京にいながら、日本にいるような気がしないことが多い。東京を時々出て、東京の人も昔のような日本を一緒に経験されるのはいかが。

大変ご無沙汰しておりましす!!

November 29th, 2006

2005年7月上旬から2006年の10月にわたって、マンスフィールドフェローとして、日本の行政庁(総務省・経産省)、裁判所(東京地方裁判所・東京高等裁判所・知財高裁)、国会議員事務所(櫻田義孝議員)で”研修”する機会に際にして、家族と一緒にはじめて東京で滞在したことにあったて、皆様には大変お世話になりました!10月にアメリカ帰国してから、とうとう2ヶ月が経とうとしているが、家の電話がやっと使えるようになって、子供が学校に落ち着いてきて、少し落ち着いたところです。

最初の半年の間はブログにいろいろと作成・校正中の原稿をポストしたりしていたが、今年の一月から疎遠となってしまったのを反省しています。”日記”というような感じではなくて、ある程度まとまった原稿などのみをで書こうと思ったブログだったが、なんだか電子メールで原稿を提供したりすることが多く、あんまり活かされていなくて、これからはもっとまめに書こうと思っているところ。まずはお詫びからと思って、ポストしまぁしゅぅ、、、

道州制について、、

November 29th, 2006

私が衆議院議員桜田義孝先生の事務所で研修した際、先生が内閣府副大臣として担当していた「道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律」(道州制法案)は国会に提出され、法律家または日米比較において大変勉強になる法案に関わっており、大変勉強になった。事務所または個人で作成した原稿やプレゼンを行った資料などをホームページにいろいろと載せております。HPの”WRITINGS (http://www.nihonlinks.com/writings)”のコーナーに搭載しておりますので、ご参照ください。

日本の衆議院議員の事務所で研修し、行政庁および立法府による法整備に関する日米比較の感想

November 29th, 2006

平成18(2006)年3月から平成18年5月にわたって、私はマンスフィールドフェローの席で、衆議院議員桜田義孝先生の事務所で研修することに恵まれた。秘書三人の事務所であって、朝8時から仕事が終わるまで、2ヶ月にわたる研修で立法府で働く秘書の仕事を通じて多く学ばせて頂いた。研修内容は、基本的に代議士に関係がある小委員会に出て議事についてのサマリを作成して代議士にブリーフィングするものであった。代議士は経済政策・金融政策担当の内閣府副大臣を務められており、経済政策や金融政策と金融行政についての各会議に出て、資料に基づく説明と交わされた議論で主なポイントとりわけ代議士が興味があると思われる内容をピックアップして資料を作成していた。事務所では、電話の応対や通関証を借りにくる他の事務所の人の応対をしながら、他の秘書の仕事を体験させて頂く研修となった。金融庁では、副大臣につき、重要な会議などに出席し金融行政についての主な政策課題を大分勉強させて頂くこともできた。監査および監督の法律環境や処分とされない行政指導や政策についての説明と意見交換も担当課の補佐という機会にも恵まれた。代議士が担当していた法律案に関わる過程にも貢献することがあり、継続審議となってしまった”道州制法案”を通じて立法府の立法のプロセスについて勉強になったとともに、内閣議員制度の内閣府の政府面についての勉強になる研修内容ともなった。研修は大変濃いものであり、代議士も評価して下さり、予定を延長するようになった。


感想


立法府に初めて触れた機会として、母国ではないにも関わらず、公務員の弁護士として大変ためにはなった研修だと認識している。ある問題の解決にどんなに頑張っても根拠法を超える行政作用が必要な場合、越権行為を犯さない限り、立法による改正を求めるしかない場合もある。行政で働くものとしては、立法府が少し遠い存在に感じられ、解釈と規則設定で物事を解決することに集中することが多い。しかし、日本では、行政は行政が守るべき根拠法を自分で作成し役所から立法府(議員・内閣)に提出することが通説だと理解している。健全な立法の仕方ではないと批判もあるが、行政は行政だけではなく、立法というところにも目が向くことがあるというトレニングは大変評価したいところと思った。例えば、アメリカでは現在通信と放送の融合や、インターネット化しつつある通信基盤と行政においての通信法改正の議論が高まっている。しかし、行政スタッフは、その法律整備で議会へ出向することがなかなか頭に浮かばないことかと思われる。行政と立法府の政策バランスについて、日米比較を通じて考える機会となった。政策担当秘書の宇田川さんの積極的なサポートはすばらしかった。私の能力と熱意を信用して下さりごく普通に扱って下さったお陰で、研修を成功することができた。行政などでは、自分のプロジェクトや仕事がなかったわけではないが、政策においての秘書のスタッフとして使って下さったればこそ私が日本の秘書のマインドを少しつかめたことだと思う。

“How Japan May Restructure Its Prefecture System on a Federalist “State” Model and Address Its Exploding National Debt, Economic Woes and Aging Population”

November 29th, 2006

“How Japan May Restructure Its Prefecture System on a Federalist “State” Model and Address Its Exploding National Debt, Economic Woes and Aging Population”


James Miller

Mansfield Fellow 2004-2006


History and culture make some words difficult to translate, but some words like “federalism” have a way of traversing cultures with changing economic and cultural trends. A new bill presented to the Japanese diet this month is poised to inject a fresh notion of “federalism” into Japan’s government reform debate. Federalism is a defining feature of U.S. constitutional government as well as keystone politically for Republican economic policy initiatives as well as a many Democratic social agendas. Likewise in Japan, the word “doushusei” is poised to pull together numerous structural reforms under a single philosophical swath. To what degree Japanese lawmakers and bureaucrats may adopt a federalist system is unclear as the diet enters its last month of deliberation on pending bills. Nevertheless, successful “doshusei” reforms offer Japan the chance to invigorate its government and economy, and at the same time provide a model for sound political reform for other Asian political economies.


While views on the appropriate balance of centralized versus regional autonomy can vary widely with the political issue even in the U.S., the history of Japanese political history from the 1868 Meiji Restoration shows regional autonomy have taken a back seat to centralized control and leadership in Japanese policy debates for a very long time. The “doshusei” reform represents a dramatic revival of regionally focused thinking last whispered forty years ago and politically dormant since the beginning of modern Japanese government. After this long tupor, the U.S. has much experience to share with Japan.


In 1868, the Meiji restoration ended a 250-year detente between the feudal “Shogun” central government and regional “Han” warlord powers. The sophisticated economic and political system of the Tokugawa Shogunate gave way to the highly centralized Meiji government that was solely focused on modernizing Japan through aggressive government-lead industrial development. This political transition was the subject of the 2003 popular film “The Last Samurai.” While scholars can disagree on the history of the movie and the role of central bureaucracies in Japan’s 150 year economic success story, Japan remains the second largest national economy in the world. Nevertheless, ballooning government debt, and a sluggish economy bogged down by layers of central and regional bureaucracy are a serious concern for policymakers. The “doushusei” reform offers numerous reasons for optimism.


Proponents herald many benefits of the “doushusei” reform approach. For the conservative American reader many are obvious. Attendance to public The most compelling being the reduction of the ballooning Japanese Central Government debt and increased oversight over central bureaucracies boondoggle public-works projects.


[small government,” means less personnel, budget and deficit.

area of power shifted is very limited,

there seems to be a big difference between federalism in the U.S. and

do-shu-sei in Japan

autonomy

independent, not only financially but also in terms of policy]


The bill currently before the diet proposes to move regulatory authority from the central ministries to regional autonomies realizing cost savings in the form of government streamlining and more rigid oversight. Initially the bill focuses these reform efforts in Hokkaido, Japan’s largest prefecture. The bill identifies the [cite the powers]. The scope of power to be divested to Hokkaido represents a modest first-step. Nevertheless, even these powers represent a significant achievement by lawmakers to move closely guarded regulatory authority from institutions with hundreds of years of history and regulatory culture.

The second focus of the bill is the reorganization of the Japanese prefecture system conglomerating the geographically small prefectural regions into larger, arguably more efficient, regional autonomies. Many of the functions of central bureaucracies focus on economic development of regional areas and represent a significant portion of the national government expenditures. In addition to the central ministries, multiple layers of regional governments spread across Japan’s small prefectures and municipal localities are also a significant financial burden and often criticized for being functionally redundant both in their regions as well as with the central bureaucracies. Reorganizing prefectures into larger blocks would reduce overall costs and improve the specialization and sophistication of the regional governments. More efficient and effective reorganized prefectures would be capable of assuming many tasks of the central government—a contentious point with central bureaucrats who view independent regional policy making as largely infeasible. Proponents argue that these newly reorganized regional entities will be in a better position to plan and implement necessary government projects. A hidden value to the reform may be that only regional entities will be positioned politically to make the difficult decisions to reevaluate and “cut” various public works—widely viewed as crucial to correcting Japan’s out of control public spending.


The bill’s ambitious vision is thus to create new regional governments that are capable of self-governing of significant regional issues while at the same time investing them the necessary legal authority to actually conduct their affairs. A brief discussion of the state of regional economic development and U.S. and Japanese constitutional law makes it clear why both features are necessary.


Firstly, the “Dou” in “doushusei” takes its name for the Japanese word for “state” and reorganization of Japan’s prefectures roughly into U.S. state authorities is the most dramatic goal of the bill in light of Japan’s constitutional structure. Unlike the U.S. constitution the Japanese constitution does not establish a federalist system with a national federal authority and state powers each with sovereign powers. Instead Article 92 of the Japanese constitution establishes that the organization and management of “regional public bodies” shall be established by the “regional autonomy law” in accordance with the principles of regional autonomy. In short, regional autonomy is defined in and governed by entities created by national law passed by the Japanese Diet. Through legislative changes to the “regional autonomy law” and other legislation, the Japanese Diet can (through the political process) define what a “state” is and what its rights and responsibilities are. The bill before the Diet outlines the shape and color of what Japanese “regional public bodies” may look like remodeled on a U.S. Federalist State model.

In contrast to the Japanese system, U.S. federal and state governments first find their definition in the U.S. constitution. While the Federal government has the power to “preempt” State authority within the scope of its constitutional authority, legal thought and a significant amount of litigation in both state and federal courts is occupied with defining the constitutionally required balance of these separate soverigns’ powers. Even the “federalization” of U.S. Law, the increasing preemption of state law in non-traditional areas, viewed with caution by U.S. conservatives, ironically reflects a balance between federal and regional autonomy. For example in the area of federal regulation, deregulatory policies preempt state laws to ensure businesses are free from a patchwork of diverse state laws and enjoy the benefits of deregulation. Irconically, these federal deregulatory policies place much of the state regulated activity under the purvue of States’ private civil law, e.g. the law of contract, tort, other state law.

Federalism principles contribute to another American phenonomen the Japanese government hopes to recreate—robust and independent regional economies. The geographically diverse nature of U.S. economy is viewed with envy by many Japanese policy makers. Unlike Japan where the majority of all economic activity is concentrated in one of three geographic areas, U.S. economic activity is widely dispersed. High quality new graduates in Japan face tough choices when it comes to employment. Top grads can find a plethora of jobs in the government or business sector in Tokyo or take a chance on going to a regional area where the most prestigious and compensated work is in the prefectural bureaucracy or the educational system. Divesting central authority and strengthening regional autonomy will allow high-quality talent otherwise stuck in Tokyo to return their home-towns to work and raise their children, sometimes more than doubling their quality of life with affordable housing, good schools, and locally grown food.

The synergy brought about by the influx of policy-making and regional planning activity, specialized professional talent can infuse the regional economy with financial and legal experts that have been viewed as grossly needed and in short-supply if available at all. Policy makers are well aware that this nimble and regionally focused policy making is crucial for Japan to respond to economic challenges of the increasingly global marketplace, and the dire social problems of an aging society and declining population base. The “doushusei” bill before the Diet is a clear area where U.S. can provide valuable insights to Japanese policy makers clearly grasping at how central and regional governments can govern in the best interest of the nation.

道州制が日本を変えるか、米国の連邦制と比較して

November 29th, 2006

道州制が日本を変えるか、米国の連邦制と比較して

ミラー・ジェームス

マンスフィールドフェロー

2006年5月19日にアメリカ人にとって最も面白いと思われる法案が国会に提出された。その名は「道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律」(道州制法案)である。昨今、日本は、国内総生産(GDP)の1.5倍を上回る国家財政赤字、地域経済の伸び悩み、中国経済が優勢に見えてくる懸念、少子高齢化などの問題に直面しており、危機に遭遇しているといわれている。これに対し、政府は、行政改革、財政改革(等々)の構造改革を積極的に進めてきた。改革の観点および内容はそれぞれだが、「官から民へ」、「中央から地方へ」、「小さな政府」などの基礎的概念が共通していることは、際だっている。今回、道州制法案は、「権限の委譲」と「道州制特別区域」の二つの骨太の方針で「新しい政府像」を描く目的を論定している。道州制の議論は、小泉政権の構造改革の具体策とその理念を実現させる国の仕組みでもあり、その本質を表す“イデオロギー”だと言える。言い方を変えれば、国家体制・組織を描く「国の形」とそれを支える「国のポリシー」という理念的な論拠がそれぞれあり、道州制に沿って描かれる「新しい政府像」は、アメリカ人が身近に感じられる「連邦制度」と「連邦主義」の日本版のように思えるともいえるだろう。アメリカ合衆国憲法による連邦制は、数百年に亘り、中央と地方の権限配分のバランスを微調整してきたことから、日本の道州制による「新しい政府像」を描く際に、参考になる知恵が多いと思われる。今回、第164回国会は、6月18日に閉幕し、道州制法案は継続審議となり、この議論が続くものとなった。よって、今後の論議に向け、ここでは、連邦制の「国の形」と「国のポリシー」のバランスについて、司法制度、経済政策、公務員制度などの日米比較を通じて主な要旨をまとめる。

連邦制と道州制比較をさせる基礎的な用語の定義、「ガバメント」とは

道州制の議論においての一番重要な言葉「ガバメント」は、英語と日本語の意味が大きくずれており、それが象徴的な意味合いを持つと痛感している。予め、議論に入る前に、言葉の定義から始める。英語では、官における国家、行政、統治、政治の作用は「government」(ガバメント)と表現することが多い。ガバメントという表現は連邦・州・市町村、三権分立において司法・行政・立法府などで峻別がなく、民に対する官という意味で使われる。

ガバメントのやるべき仕事とは、国々または時代の変遷に伴って変わっていくものである。昔、ある論点では、絶対行政管理が必要だ、または国が介入すべきではないと思われていた常識があったとしても、意外と今となっておかしいと思われるようになった論点がある。規制の範囲やあり方についての常識はグローバル経済や情報化時代になってこそ、この変化が激しくなってきているともいえるであろう。

よって、根本に戻って、国民および社会がガバメントに何を期待し、どんなニーズがあるかという観点から、ガバメントのあり方を考えるべきである。ニーズがあってこそ行政作用があるということが、大前提にあるべきである。ニーズの変動を巡って、そのニーズが変わっても対応しないガバメントは、公益のためになっていないということがいえるであろう。社会のニーズが今後ますます流動的になると思われるため、国レベルでやる裁量、地方における裁量、官から民へと巡る規制緩和についても、ガバメントの政策審議過程及び施行などの職務は、以前よりも柔軟性・流動性が必要になってきていると思われる。

そこで、ガバメントはどんな仕事をするかという審議、つまり政策の内容や管理規制のあり方については、一層重要になり、ガバメントでその仕事をだれがやれば良いのかは道州制における議論の一番肝心なところだと私は思う。言い方を変えれば、今、流行っている「ヒト・モノ・カネ」のヒトとモノの議論に当たる内容である。

アメリカの連邦制から見て、この二つの論点はどう見なされるかというのが、道州制の議論にとって役に立つ話しかと思う。後述のように、アメリカ合衆国は、連邦制の下で政策の審議プロセスが連邦および州における三権分立に基づいた経路で行われる。行政が厳しく規制している内容は10年も経てば、規制緩和されて、またその後、まったく新しい中央と地方の規制のバランスになることがある。その一例は環境政策であろう。1960年代までは環境政策は州法の裁量となっており、市民運動などの勢いに伴ってその後、内容が連邦化し、80年代のレーガン政権の規制緩和の潮流から今現在は連邦と地方の間では、権限が政策内容により微妙に均衡が取れていると言われている。昨今、「Environmental Federalism」という表現も学術論文などに出てくるようになり、環境政策では、連邦と地方のそれぞれの役割についての議論は45年にわたってきた政策の成果などの評価を勘案してテーマにされている論点でもある。

結論的に言えば、ガバメントいうアメリカの連邦制の観点から考える政策課題は、まず、国と地方の権限分配の前に、官でやるべき仕事かを先に考える。そこでやはり公益に係わることであることや社会的弊害を防ぐ、ガバメントの仕事があると認めれば、課題の重要性やニーズに従って、身近な市町村から州へ、州から国レベルへと議論が進んでいくというプロセスは、頻繁に例が見られるものである。民間のままの領域で良いかという議論はまずあるが、そこの判断はここでは「国のポリシー」と表現している。そこから進む議論で、ガバメントのどのレベルで、どのようなやり方で介入するかというようなガバメントの議論はここでは「国の形」と表現している。この何れの2点に関しても、連邦制の下で行われると、社会変動が激しくても強い、流動的でフレキシブルな政策策定の過程を極めるというメリットがあると言える。

アメリカ合衆国憲法による連邦制と道州制の国家体制の比較

アメリカ合衆国という国は、一度憲法改正によって、国家体制を変えている。最初、連合国で始まった国から連邦制度に変わった要因は、細かく分析すると様々であるが、大まかに言うなら、「国の形」といった国家体制が当時のニーズに答えられなかったことである。日本では、幕藩体制の下で数百年に亘って国家安定を保っていた日本国が、欧米列強の植民地化の恐れに臨んで、当時の国家体制では革新できなかったものが、明治維新によってできたことは、「国の形」が不十分だったからとも言えることであろう。「マーケットフェルヤー」(市場の不成立・失敗)という表現が経済論においてよく使われる表現である。市場の体制に、根本的な欠点があり、構造的な介入なくしては市場がなりたないという意味である。同じように、国家体制が国のニーズに応えられず弊害が生じる場合のことを「ガバメントフェルヤー」ともいえるであろう。アメリカの初期に危機に遭遇した頃をよく表すものである。国家全体の構造を統治する体制は、様々な社会現象に対応でき、または変革にも応じ得る力があってこそ隆盛を極める。アメリカ合衆国による連邦制は、産業革命時代から情報化時代を生み出した「国の形」として評価されるものである。 連邦制度のあり方を理解するには、アメリカ合衆国が、短い225年の歴史で、内乱戦争や憲法改正などと様々な危機に遭遇し、もともと危機に遭遇して1776年に独立宣言し、厳しいx年間に亘った戦争で独立国家となった沿革も知ることが重要である。戦争を起こすことに至った経緯を振り返ると、アメリカの13州は、当事のUK連合王国の植民地としての位置づけが不明確であり、様々な憲法上などの法的・政治的な問題があった。不十分な国家体制に臨んたアメリカ13州は、地方自治と国レベルにおけるパワーバランスの問題が解決できなかったところに戦争の要因があると思われる。当時、保守派と言われたTORY党の有識者は、新天地を開拓したことによって、様々な地方自治の改革や憲法改正を英国議会に求めても失敗したことを受け、戦争を起こして仮に勝ったにしろ、地方自治を位置づける議論が残ることを予言的に言及した。独立戦争に勝った、13州は、財政、地域経済や法で位置づける市民の権利についての自治のニーズには応えられなかったUK連合王国の植民地という立場から、連合国を結成する州に替わり、失敗を繰り返すことになってしまう。各州は、外交と貿易政策、貨幣経済の基盤となる貨幣の貨幣制度、などがばらばらで、連合成立で得られるはずのメリットを確保できず、連邦制の議論に繋がった。 結論としては、社会の変遷に臨んで、アメリカ合衆国憲法による連邦制は、政策の流動性を保ちながら、それぞれの中央集権と地方自治の均衡をとれるものだとして、産業革命時代の変遷から現在の情報化革命時代にも十分社会のニーズと要望に応えられるメリットがあると言えることであろう。

議論のながれ

1. 中央と地方の権限配分のバランスを描く「アメリカ合衆国憲法による連邦制」 1. アメリカ合衆国の連合国から連邦制への沿革(Government Failure)の課題 2. 地方を拠点にする経済と司法制度 1. “小さな政府”・規制緩和・行政法と民法などの関連性 3. 国家の革新的な“実験室“ - 米最高裁判所判事Louis Brandeis氏の名句 1. 「連邦制において、有益だと思われる一つ重要な利点は、国家全体がリスクを冒すことなく、州民の自律性の下に、勇気がある唯一の一州さえあれば、国民にとって有意義な社会的構造や経済的な制度の政策に取り組み、国家の革新的な“実験室“がある。」 New State Ice Co. v. Liebmann, 285 U.S. 262, 311, (1932) (Brandeis, J., dissenting). 2. 「国の形」と「国のポリシー」の連邦制の国家体制と連邦主義の主義思考の違い 1. 連邦制は国家体制の一例として極めて柔軟な体制だと重視し、激変している日本社会にとって新しい政府像を描く際に参考するメリットがある。しかし、形で終わってしまうこともあり、”連邦主義”を参考に、道州制を行革の法的・政治的方針、”道州主義”も作り出すべきと思われる。 2. DualからCooperative Federalismへの連邦制強化 3. 大恐慌と”New Deal”政策の連邦化に対する”Federalist”の反響 4. ミニマムスタンダードの主権のバランス 1. 電波管理の事例 2. 環境の事例 3. 労働基準の事例 3. 道州制論議の経緯と心理 1. 長い年月にわたる歴史と文化的背景 2. 道州制とFederalismの共通点 4. 道州制法案の概要と今後の争点 1. 「ヒト・モノ・カネ」のヒトから考える道州制のメリット 1. 「県庁か教員」という地方での就職の通説 2. 大きな政府が地方経済を抑制しているマーケットチャンス 3. 東京に取られてしまった地方出身の公務員のU-TURN策 4. 少子高齢化 5. 弱いもの同士の合併から地方自治の自立 2. カネ・権限の地方分権なくしては、地域性を生かした経済があるか? 1. 地方行政の投資誘致競争 2. 財源のノウハウ 3. 法律家・金融エクスパート 1. 弁護士資格の“2種“制度と地方司法制度 2. リレーションシップバンキング 3. 難しい選択こそ地域で決めるべきか 1. 社会面(教育、労働、家庭、人権) 2. 経済面(税制、規制緩和) 4. “Minimum Standard”を引く線が一番の難問 1. 連合制 <ー> 連邦制 <ー> 単一政制 2. 社会面・経済面

メディア企業の合併・買収を巡る期待と懸念

January 9th, 2006

I presented this last year for a talk and came across it on my laptop. Enjoy..

——メディア企業の合併・買収を巡る期待と懸念

果たして、ライブドアはブロードバンドを活かし、AOL Time-Warnerの失敗を避けられるか

今のライブドアのニッポン放送敵対買収を、AOL-Time Warner合併の日本版だと見なしている方が多いが、際立った違いがさまざまある。旧来、映画制作の会社は陸上、衛星、有線テレビ会社とさまざまな企業 構成を使って、協力的な事業も進めてきた。しかし、そのあらゆる提携事業の根底には、相手の新技術を利用して顧客と新規なルートでコンテンツを提供すると いうところにビジネスチャンスがあった。
新技術が広まって顧客の加入・利用が増えてコンテンツが盛大に普及した場合は、提携事業がう まくいくと言える。最近公開された情報でAOLの改名や経営陣の降格から、AOLーTW社の経営陣は、この合併がうまく行かなかったと反省していることが わかる。そこにはいくつか原因があると思われるが、幸いにライブドアのニッポン放送との合併の場合はこれと違うとも考えられる。
当時、何よりもAOL社の長所として掲げられていたのは、新技術だったインターネットの顧客加入数とビジネスモデルであった。しかし、当時のインターネット の基盤技術といえば今の通常になりつつあるブロードバンドではなく、低速度通信技術の電話回線による接続、いわゆるダイルアップ接続だった。進んだ現在の ソフト圧縮を利用しても、ダイルアップ接続で映画などの動画画像の鑑賞には無理がある。
AOL加入者の接続は、今もままほとんどがダ イルアップ接続のままだし、合併の潜在価値がいまだに発揮できないままだと思われる。アメリカでのブロードバンド普及の失敗は、行政の対応に問題があった か、市場判断の通りに動いたかどうかという難問がある。いずれにしても日本のブロードバンドの普及は盛んであって、ライブドア・ニッポン放送の融合によい 影響を及ぼすに違いないであろう。

ライブドアによる予期せぬ敵対的買収成功例から学べる点

80年代に日本が世界第二の経済大国といわれるようになってから、アメリカでは、日本企業の特徴的な経営方法が話題にされている。日本企業の経営方法とは、株式の短期的な増配(配当率、分配金などの増加)などより会社の将来性に貢献する投資や作戦に優先することや、厳格な契約関係に頼らずに長期的な共存共栄を狙い、深い協力をもたらすパートナーとビジネス関係を組む傾向があることなどと言われている。日本のバブル経済の崩壊が始まった80年代の後半から10年以上続いて来た不況を巡って、日本的経営に関する批判的な意見も強まって来ている。「日本的経営方法は、経営方法として失格だ」などと言う言葉も聞こえるようになって来た。しかし、今の不景気から抜け出そうとしている企業は、日本的経営の独特な特徴を生かしながら、グローバルな経済でも成功できるように今まで日本の経営では必要としなかったところも学んでいる。

アメリカの経営者は、日本の経営者が著しく異なった観点から企業経営を導いていることが、ライブドア社のニッポン放送買収を例にとってもわかる。たとえ、どんなMBAやJD(法科大学院)の大学院生でも、ビジネスロー(会社法、証券法などの法律)入門をとる際に敵対的企業買収対策などを勉強するはずである。しかし、日本の大企業というべきフジサンケイグループの経営陣は、「巧詐は拙誠に如かず」といいながら、拙速な司法対策などで拙守し、教科書通りの買収作戦にやられてしまったことがわかる。海外輸出などで国際化している日本企業を除いて、ほとんどの企業は十分な敵対的企業買収対策を整っていないといわれている。

もちろん、企業買収合併の環境が著しく激しいアメリカでは、買収対策が頻度や確立から考えると当然重視される。しかし、今までの日本の企業経営には、合併・買収が特に問題になかった。通常、アメリカでは、会社が資金調達するためには新株の発行などの増資を行って資本金を増やすが、従来、日本企業の負債金融は、アメリカなら一般的とみられる自己資本調達によって得られる場合より、系列の個人銀行からの融資によって資本を集める場合が多かったと思われる。よって、日本の企業経営はアメリカの株式公開会社での経営ほど、自己資本調達についての知識が問われなかった。

しかし、一方、今の日本企業経営の事情が変わって来たと言うことがあっても、それでも経営とは資本調整・調達だけでは成り立たないということもある。アメリカの経営陣らは、日本の車、家電、半導体などの製造業界からは、優れた品質の商品を作る方法など多くを学び真似ができたからこそ、アメリカが不景気から抜け出せたとも言えるであろう。もちろん企業の厳しい再編成(リストラ)が必要な場合もあるが、それだけでは成功しない例が多いはずである。日本では、多くの経営者や評論家がライブドアの買収作戦を「汚いやりかた」「不公平な取引」などと批判して、ライブドアの堀江社長が経営者として失格だと厳しい意見を抱いているのはおそらくこの「経営はマネだけじゃない」というところからきていると思われる。

今後のメディア企業にかぎることではないが、これからの企業経営を成功するには、企業の本質を考慮した経営作戦が必要だと思われる。その作戦をつくり出すには、従来のやり方も将来の可能性を把握した経営が必要である。少なくてもライブドアの場合は、従来の報道企業と今後のインターネットメディアが融合して、どういうメディア企業の経営が成功できるかという難問を解く負担の過重に苦しんでいくことであろう。

今後の展望

経済学者のマーク・ポーラット (Mark Porat) 氏が1977年にはじめて「情報経済」 (Information Economy) という新造語を造り出してからは、まさに社会ともいうべき、情報化時代になってきた。ポーラットの最初の論文では、1960年代のから進み出した労働の動向について調べた結果、1960年代の初期から1966年までに米の労働者の47%が「jobs in information」という情報を扱う仕事に推移したことがわかった。労働者の半分が情報関係の仕事していることに伴って、総合生産率もそれを反映していることもわかった。

メディアの企業といえばまさに情報関係の業界だが、1980年代になってきてからもう一つの大きな業界動向が見えるようになって来た。トマス・シャッツ(Thomas Shatz)氏は米ホリウッド映画製作企業の外国での映画放映による利益が1980年半ば頃までに全利益の15%にしか過ぎなかったことから、1995年になって外国による映画放映利益が同じ国内による利益を上回る傾向があることから国際化してきたメディア企業に「New Hollywood」(ニューホリウッド)と名付けた。

例をあげると、DisneyとTime-Warnerの1990年の外国で得られる利益が全利益の15%にしか過ぎなく、1997年までにはその値が30〜35%に増加していることがわかる。ロバート・マックチェスニ(Robert W McChesney)氏はこれらの傾向からこれからのメディア企業の形態に「global commercial media system」(グローバル化したメディア商業組織)と名をつけて、警戒していることもある。

今、日本では、企業合併・買収はこれから激増すると考えられている。しかし、メディア企業においてはそれだけのことではなく、これからは上記で話した、情報経済が生み出した global commercial media systemの動向もやってくるでしょう。日本独自のメディアはこの環境で成功するには、ニューホリウッドに代替できる「new japan media」を創り出さなければ行けないのではないか。アメリカの例をみると、そういうメディア企業を実現するには、企業合併・買収も必要であるかと思われる。果してどうなるか、楽しみにしている。

新技術コグニティブ無線からみた無線電波の入門と今後の改革を考えましょう

December 6th, 2005

米政府の連邦通信委員会(FCC)では、2002年に電波監理への新しい取り組み方についてのタスクフォースがパウエル前委員長により設立されて以来、様々な経済学的及び法学、または技術的な観点からみた電波監理についての取り組みが立案され開始されてきている。同じく、日本では、2001年のe-Japan戦略または2004年のu-Japan“戦略“から発進したユビキタスネットやブロードバンド対策について取り組みを進める動きが見られる。このように両国で電波監理の規制改革が進められている中で、最近重要な技術として浮上がり、そのタスクフォースにおいて検討されてきた最先端の新技術がある。それはソフトウェア無線(Software Defined Radio、以下SDR){別紙の説明を参考ーf1-}iで処理される人工知能の力を持つコグニティブラジオテクノロジ(以下、CRまたはコグニティブ無線)である。このテクノロジーを活用することにより、情報社会にとって最も重要となってきた無線電波という資源が、より多くの利用者に活用され、より有効的かつ混信を生じことなく利用できるようになると言われている。
ここでは、CRについての基本的な技術内容、行政での対応、さらには今後の電波管理への影響についてのべるが、まず、アメリカにおいて無線電波という物理的な天然資源を位置付ける「電波監理」の規制緩和の概念、その取り組みの(何年)の成果、及びCRがその多くを実現しつつあると考えられている要因について説明する。
「アメリカで見る電波という天然資源を規制する『電波管理』」
情報社会を支える現代社会の情報産業、とりわけ通信にとって、最も重要な天然資源と見なされてるようになったものは、無線電波の電磁波である。アメリカでは、電波は、1934年以後は、自由な共有財産または私有財産とみなすことなく、公益を害することがないよう行政で利用を規制する必要があるとしてきた。しかし、情報社会の進歩に伴い激増する電波に対する需要と電波の社会的重要性を勘案して、1934年に連邦法律である通信法によって、米国では、電波という資源は、国家の連邦通信委員会(FCC)と国立情報通信局(NTIA)で監理する天然資源位置付けそれ以来、米連邦政府が抜本的に新たな電波監理を探ることとしている。FCCでは、パウエル前委員長によって設立されたSpectrum Policy Task Force(以下SPTF)が顕著な動きとも言えるが、NTIAでも今年大統領から命令を受け、FCCのSPTFの同様で、根本的な観点に戻って、電波を法律論、経済論などのあらゆる観点から、電波をどう規制すべきかについて行政内外に問いかけている。(NTIAでは電波の有効利用などの実行プランの策定について、2005年11月30日の締め切りとされており、まさにホットトピックスであろう。)
FCCの利用制度では、電波を私有財産または共有財産と考える両方の制度がある。FCCの免許制度(ライセンス系ともいわれる)ならでは、特定周波数で一利用者だけに認められる利用、いわゆる排他的な利用(exclusive right)というものがあり、その権利を取得するために、競売で免許権利を”買う”という方法がよくとられる。ライセンスを勝ち取った者は、他の所有権と同じように、他の者をその免許の所在地(多くの場合は一定の周波数を指す)から排除する法律上の権利を持てるようになる。当然、通信法上では”電波”を所有することは硬く禁じられているので、英米の法理学においては、W. N. ホーフェルド (Wesley Newcomb Hohfeld)などの学説による法的関係の分析では、完全な自由たる権利にはならない”bundle of rights”という制約付き及び分類化された権利制度もある。電波という資源を利用するための許可は、取得者にとって重要な経済的価値がある場合が多く、最近のメディア集中排除の問題の要因となっている、大手放送免許を所有する企業や携帯通信事業者の合併などをみると際だってわかるはずである。例えば、通信、放送事業者の場合、主な財産となっている資本は、国から利用許可された免許で電波を排他的に利用できることに違いないであろう。よって、経済論に沿った市場原理でみる電波の利用許可は、一種の権利として存在するものだという一つの前提となり、アメリカではその権利をどう定義して取り扱うべきかというのは、電波監理にとって重要な課題となるわけである。まさにSPTFから発展した二次市場によるスペクトラムリース(免許人の第三者への利用一部貸出し権限)やそのほかの市場原理を尊重する政策は、これを基礎概念にしている。
しかし、FCCの電波監理はライセンスによる利用許可だけではなく、共有財産として扱う「コモンズ」という形式の解釈論も重要である。家庭用で使われる電子レンジ、コードレス電話の受話器など、またはアメリカの通信業界の蘇生にもなったと言われる”WiFi”の無線LAN通信は、すべて無線電波を出しているが、その「利用」についての”ライセンス”は不要となる「アンライセンス」、いわゆる免許不要の制度で扱われている。ある一定の周波数の範囲では、低電力の送信であれば大人数の人が同時に電波を利用しても混信は発生しない、という理屈がこの免許不要制度の根本にある。“小さな国を目指す“今日現在の行政にとっての規制緩和の実現性においてみても、新技術が次々に誕生することによってライセンス制にせざるを得ないような自体が次々に減少しているという声も多く、規制緩和が進む中では、免許不要制度のメリットがより一層注目されている。
どちらの制度にも一長一短があるので、極端にどちらかに統一するというのではなく、今後は両方の長所を活かしつつ、積極的に両者を織り交ぜながら、新しい電波管理が統制されることとなるであろう。しかし、どちらの制度においても、新技術、とりわけコグニティブ無線は欠かせない役割になりつつある。
「CRとは具体的にどんな技術を指すのか、どんな政策に関与しているのか」
「許可」なしの利用が認められない電波の世界においてこそ、どのような技術をどのように利用することを認めるかというバランスが重要となる。導入される規制は、技術的な可能性に見合って現実的でなければいけないが、同時に技術の足を引っ張るようなこと、あるいは技術の可能性を活かせないようにすることがあってはならない。FCCのCRについての政策策定は、この均衡を基本として、2003年の規則制定告示(Notice of Proposed Rulemaking、以下NPRM)から2004年報告命令(Report and Order、R&O)へと進んでいる状況である。規則制定告示における政策提案の主な内容は、以下にます五つの質問・提案であった。1また、2004年の報告命令ではSDRのセキュリティや適合証明についての規則改正もあったが、そのほかの二次的市場やルーラル地域における無線インフラ対策など、課題の様々な最新の政策に関与している。
この分野を開拓したジョセフ・ミトラー電子工学博士は特に四つの知能(監視力、指示力、決断力と行動力)でCRを定義付けている2。なお、CRの定義は様々であるが、基本的な定義として「意識」と「推理」する知能を有することが要点だと考えられている3。CRは知能を持つソフトウェアだと定義しても、漠然としたイメージのみで実際の技術の中身を把握することは多少困難だが、CRは電波環境を意識する機能、いわゆる”awareness”、またはその電波環境および実際の利用状況についての情報を活用し最適に電波管理する機能、いわゆる”reasoning”などで電波監理の理想なケースに近づかせる力を持つ技術と見られている。Awarenessとは、様々なところから情報を収集して、その得た情報を分析して知識として記憶することを指す。情報処理の人工知能学の世界ではこのような力は知識管理(Knowledge Management)などの学問分野とされている。また、Reasoningとは、知能学では、命題論理(述語論理)や統計的推理などの行動を計画し実行するような学問分野に当たる。
最近際立っているCR機能の応用した政策としては、地上波テレビ割当周波数において免許不要局による周波数利用を検討する政策がある。この政策では、免許不要の微弱送受信機が場所の意識および電波環境を測定し有効利用を行う演算処理能力がある場合においては、地上波テレビの鑑賞に混信起こさずに共用が可能な地域があり得るのではないかということについて検討している。2004年に規則制定告示が公開されてから、多くの通信メーカや事業者の間では激しい議論が交わされてきているが、まさにこのCRの新技術がなくては可能な話とはならないと思われる。
FCCのほかに、米国連邦政府機関である防衛先端研研究所(DARPA)では、CRを活用して、連邦政府による電波利用の効率性、信頼性などを10倍にまで上達させるということを目標にしているXG(次世代の通信技術)プログラムの振興を図ってる4。また業界では、SDRを積極的に振興させているSDRフォーラムのトレードグループや、モトローラの大企業からVANUという中小企業まで幅広い企業の活躍が見られる。国際面では、ITU(国際電気通信連合)では2007年のWRCに向けて、SDR・CRの今後の世界的な技術基準の統一も議論されている。
以来、日本では、SDRとCRは総務省が2003年12月15日にSDRの基準認証制度について意見募集を発表して以来、ユビキタスネットやブロードバンド政策などの面では真剣に検討している様子がわかる。やはり、電波がグローバルな社会において重視される資源である限り、CRの法規による取り扱いが今後重要な課題として残ることだろう。

さて、ソフト無線とはなんでしょうか。アナログ・ディジタル信号処理とまたは半導体・ASICとFPGA(汎用的な処理装置)の違いを背景にし、ソフトウェア無線は、送受信の論理命令が書き換え可能なRAMにて、波形作成の搬送波作成、情報信号を搬送波に変調、信号処理制御は処理装置で実行します。ハードウェアを改造する必要もなく、周波数、変調方式、振幅作用などを構成して、どんな送受信信号にも応用できて、通信出来るようになります。いわゆる、従来のパソコンと専容器の違いです。
波形を作成・解釈するソフトの部分はアンテナに繋げたA/DとD/Aカードとインターフェイスして、ベースバンド、IF、またRF帯の信号処理はすべて一般の汎用プロセッサーやDSPで行えます。信号処理は書き換え可能になっているため、最新のフィルターを利用したいときでもまたは違う変調方式を実験行いたいときでもソフトの更新・開発によって実現することができます。ソフトのポータビリティ〔プログラムの移植可能性〕を重視して開発していると、信号処理命令は自分の5万円パソコンでも最新型の専用機の処理装置でも同じソフトが実行可能になります。既存品に負けないフィルターのソフトウェア開発ができるし、トランシーバーの内蔵フィルター・チューニング等の機能はソフト制御で設定・調整ができると即時に最適なフィルターを選択してリアルタイムなインタフェア‐対策に役立てるなどで、公共の電波の最適利用にも繋がります。ソフトの更新ができると、現状の必要に応じてフィルターや変調方法を選択や更新によって、今まで出来なかった電波管理でも可能になるでしょう。直接IF帯まで変換できますので、Non-Linearな変調までもできるようになります。可能性は本当に無限になります。ソフト無線はソフト処理に大変柔軟な基盤だというわけです。
※表1:ソフトウェア無線の形態と発展