NihonLinks News from James Miller

Techlaw Insights in Japanese and English from James Miller

平成5年から9年までの4年間、私は金沢で仕事をする機会に恵まれた。公私において充実した毎日で、自分が成長したという認識を得られたこともあり、次の人生に踏み出すために、私はしぶしぶ金沢を離れた。8年前のことである。

アメリカ帰国直後、サンフランシスコに居をかまえ、インターネットの「高度成長時代」を体験。技術的知識をふんだんに学んだが、ビジネスや政治、さらに技術産業を統制する「ロー(法律)」というものに目を奪われた。そこで法科大学院(ロースクール)に入り、弁護士資格を収得し、連邦政府の公務員の仕事に就いた。そして今年、政府の派遣で一年間日本の中央政府で研修を受けるために、8年ぶりに日本へやってきた。霞ヶ関に着任する前に、金沢で6週間の研修もあるため、「第二故郷」の金沢への里帰りできた。

「8年ぶりの金沢っていかがですか」とよく訊かれるが、なかなか一言で表現しずらい。答え始めると、8年前の自分自身を思い出しながらこれまでの道を振り返り、「人生とは」という硬い話になりがちだ。

8年前と比べて、金沢は風景が多少変わったが、古き良き金沢に変わりはない。幸いにも大きな地震や大火などの自然災害を何百年も被ることなく、第二次大戦の空襲も回避した金沢は、武家屋敷や寺町、兼六園がそのままの姿で残存している。確かに金沢西駅の近くには、県庁などと、高層ビルがたくさんできてきて立派になった。その半面、金沢西高校がむかしポツンと田んぼに囲まれていたような風景が失せ、すこし寂しい気持ちにもなる。郊外に商業店が増えて便利になっている中、小さすぎも大きすぎもしない金沢が今後、どういう町に育っていくのか眺めていきたいと思ってもいる。

8年前の滞在のとき、県の仕事で県内のいたるところへ行く機会に恵まれ、石川県の魅力をふんだんに満喫した。しかし今回、昔、目が通わなかったところに新しい発見をした。通勤に使っていた道を自転車でゆきながら、わき道をチラッとみると、初めての風景がそこにあったりするのだ。

過去8年で、金沢が変わったというより自身が変わったということの方が多い。普通であれば、生活水準や性格に大きく変化があるだろう。私の場合は、二人の子供が生まれ、彼らの喜んでいる顔を見る幸せを覚えた。スキルをレベルアップしたことで政治・経済ついてはもちろん、世界を見る目も変わった。日本文化を見る目も少し変わってきた。

私は昔から、日本文化に強い関心を抱いていた。バスケットボールや野球をテレビで観るより、能楽の謡と仕舞の稽古、琴の稽古を好む方だった。

12年前、すでに謡本を読んでいたが、今になって本当の意味が少しずつ理解できていると思う。私は能楽が日本の審美論、歴史、仏教などの様々な古典文化を織り込んでいる点が、たまらなく好きだ。深く理解しはじめると、観賞しているときに必ず新しいものにふれることがある。能を取り巻く知識がかなり問われることもある。しかし、その知識によって、以前よりも興味深く感じることになっていると最近、痛感している。

以前、県の仕事していたとき、県主催の日本文化日本語研修で来ていた留学生に陶芸、茶道などの体験させるため、同行したことがある。しかし、自分では一度も体験したことがなかった。今回、以前指をくわえて眺めているだけで、ずっと体験したかった茶碗作りができた。そこで有名な陶芸家の先生に、茶碗の審美論について丁寧に語って頂いた。武士が嗜んだ茶道、さらに茶碗の形状の違いで飲み方も違ってしまうといった奥の深さ、茶碗をみる喜びなども教えて頂いた。今回、茶道を初めて体験してみて、先生が口にされた「武士の茶」という言葉が頭に残った。さらに、偶然にもそこで飲んだのが「武士の茶」というお茶だった。やはり武士といえば、どこへ行っても一曲謡を歌わないで帰ることがない人たちであったはずで、能楽マニアックの私は「武士の茶」と妙な関連があるように思えてならない。

それで思い当たったのが「お茶時」という儀式である。お茶を飲んだ武士が、「肴」の代わりに謡を一曲歌ったということだ。もし私が昔から謡の稽古をしたことが無く、茶碗について多少の知識もなかったならば、その話はまったく面白いと感じなかっただろう。

そこで、人生のコツをひとつつかめたような気がする。なぜ人口2千5百人しかいないようなアメリカの片田舎からでてきた者が、石川県でこういう貴重な経験をしているのか。東京の霞ヶ関で一年間日本の中央政府で研修することができるのか。それは一つひとつのチャンスを見逃さないで、小さな知恵を重ねて活かそうという心得が多少なりともあったからだと思う。

最近、「semanticweb」という情報処理用語がインターネットで流行っている。知識や経験というのは連結してこそ、累積してこそ濃くなるという意味である。

人生で言えば、昔の自分があってこそ、今の自分がある。簡単なことである。決まり文句かもしれないが、知識を身に付けることは、人生を楽しむためのものに違いない。いや、道具であり、言葉は特にそうだろう。

言葉をマスターするのは、どれだけ難しいか、日本で英会話の勉強で頑張っている方であればわかるはずだ。しかし、言語は道具に過ぎないとも言える。自分の目的に見合った使い方さえできていれば良いようにも思える。例えば、一本の木を植えるには穴を掘らなければいけないが、だれも「スコップを上手に使えるようになりたい!」と努力などしない。どんなにシャベルの使い方が上手になっても、その目的は穴を掘ることにしか過ぎないからだ。

しかし、この例を選んでしまったことでさえは、私がまだまだ未熟なものだと表している。日本3名園の一つである兼六園で、何百年に亘って貴重な役務を果たしてきた植木の職人さんにとってみれば、木がよく育つには、穴を掘ることまで、コツがあるという。さらに、昔植木さんは謡を歌えながら仕事をしていたとも言われている。だから、言葉は道具にしか過ぎないともいえるかも知れないが、やはり、その道具には、手法、日本流で言えば「方」というのもあるに違いない。

言葉は、ひとつ覚えると違う世界が見えるようになると言えるかもしれない。少なくとも、私が始めて18年前、福井で日本語に触れてから、自分の人生がすっかり楽しいものになった。何かめでたい気持ちでさえある。鶴亀か高砂など、一謡いかがなものでしょうか。