NihonLinks News from James Miller

Techlaw Insights in Japanese and English from James Miller

今年の「父の日」は、近所の友人にヒンズー教の神社へ誘われて、異文化の差を感じながら、改めて家庭を大切にしたいという気持ちを抱きました。

ヒンズー教の集まりへ参加するのは、初めてでした。インド出身の人がほとんどで、女性は色鮮やかなサリーという伝統衣装の姿が多くて、男性は、インドの暑苦しい夏に最適なうすい綿の洋服の人が多かったです。神社へ入った瞬間は、衣服と神社の飾りのカラフルな雰囲気が印象的でした。

礼拝が始まると、伝統楽器のタブラ太鼓やエレクトーンから音がアンプ付で大量に流れ出しました。最初は、音があんまりに大きかったため、一緒に連れて行った娘のことを心配しましたが、インドの特徴的なパーカッションの振動に揺れだして、ヒンディで歌いだす人の声になんらかの安らぎを感じ出しました。なれない言葉の詠唱をしばらく聞いていると突然止まったことに驚きましたが、途中でのポーズに全然違和感も感じないような、リズムによくのって音楽が止まって、グルの説教が始まりました。

グルの説教は最初から、父親であることについて、様々なストーリーを中心にした家族にとっての父の存在や、父としての役割を考えさせるような話に集中しました。友人は説教が30分で終わるようなことを言っていましたので、その時間を過ぎてきてから、私は引越しの準備などの仕事が家で待っていることが心に浮かび、すこし集中しにくくなりました。しかし、それでも思い出に残るような話が多かったです。以前、聞いたことがあるストーリーは多かったですが、話のもって行き方やちょっとした言い回しの違いで新鮮に聞こえて、こころまで響きます。

まずは、金箔の紙を破る娘さんの話からでした。娘は、お父さんが大事にとっておいていた金箔の紙を破ってしまいまして、娘がお父さんにとことんに怒られます。しばらくしてから、娘はその金箔の紙で作った箱をお父さんに持っていてプレゼントします。お父さんがその箱を開けると、中が空っぽだということに気づいて、空っぽの箱をプレゼントする娘に腹が立って、怒りに落ちてしまいます。娘は謝りにもう一度お父さんのところに戻りました。なんで空っぽの箱をプレゼントしたかとの質問に対して、彼女はお父さんに空っぽではないと答えます。”パパ、この箱は私からのパパへのチュウと愛で一杯でしょう。パパ、見えるでしょう。”と答えると、お父さんが涙を零してしまいます。

私はせっかちな性格を持っている欠点を見直すよい機会になりました。引越しの準備などで、家庭内はテンションが高くなっていることに少し注意して、家では気を静めるようにしたいという気持ちになりました。

最後の方は、1時間も時間オーバーして、かなりあせってきました。最後の話は、仏が最初に老いや苦難を経験する話でしたが、よく知っているつもりの話でもあったので、早く終わってくれないかとの”せっかち”な気持ちを抑えようと頑張っていました。家の地下に物者がまだまだなくなっていない状態が目に浮かびながら、グルが仏教でもっとも重視する「無の心」(物や人に愛着を持たない話、DETACHMENT)の話に入りました。なかなか無くならない家の中の物のことを考えながら、あの人にそれを譲ろうなどと、物の整理のことを気にしている気持ちが一気にすっきりして、”もういいでしょう、ものを全部GOODWILLへ持っていこう”と決心がつきました。もったいない文化で育った私にとっての必要な知恵、助言は、私が若いころ通っていたカトリック教会ではなくて、初めて行ったヒンズー教の神社で承ることができたという、ちょっと不思議な父の日でした。

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